ご挨拶
2024年7月30日
福島県 会津ピーナッツファンド
この度、初めてファンドの募集を開始させていただきました。
APJ株式会社は、豆菓子専門店として創業し、東日本大震災の前年より福島県会津地方のブランドを作りたくて、落花生の契約栽培を始めました。
その後、こだわった栽培をしていきたいと考え、農業生産法人として令和2年にAPJ株式会社を設立。
はじめは3人の農家さんと、落花生の種を取り寄せ、種をまいて昼食から帰ってきたら、カラスに全部食べられるなど、試行錯誤しながら現在、60名の農家さんと契約栽培、自社農園で落花生の栽培を行っております。
福島県会津地方は、米の栽培が盛んな地域ではありますが、年々コメの値段が下がり、農家さんも高齢で減り続けています。
このままだと、会津から田んぼ畑が減り、荒れ地が増えていく恐れがある中、農家さんの収入を増やすを目標に、落花生の契約栽培を増やしています。
なぜ、福島県会津で落花生?
①昭和40年代に福島県会津地方は落花生の産地だった。
当時、米の減反政策で落花生の栽培がおこなわれており、栽培面積が80ヘクタールだった。
すべて他県の工場に出荷し、会津産としては販売されていなかった。
中国との国交正常化で、安価の落花生が入ってきて、価格が下がり栽培されなくなった。
②節分に落花生‼
大面積を栽培していたころに、節分に落花生をまく文化が根付いた。
①が現在も続いていれば、もしかしたら他県をしのぐ産地だったかも
②文化を継承していきたい。
また、殻むきの作業は、障がい者施設で働く方々(15施設、約200名)に手むきで作業していただいており、冬の雪深い期間の仕事として喜んでいただいております。
このファンドで皆様に応援していただき、栽培農家さんと障がい者施設の方々や地域とともに、会津産落花生・ピーナッツをブランドにしていき、節分に落花生の文化を広げていきたいです。
今後とも、ご支援いただければありがたいです。
APJ株式会社
APJ株式会社は、豆菓子専門店として創業し、東日本大震災の前年より福島県会津地方のブランドを作りたくて、落花生の契約栽培を始めました。
その後、こだわった栽培をしていきたいと考え、農業生産法人として令和2年にAPJ株式会社を設立。
はじめは3人の農家さんと、落花生の種を取り寄せ、種をまいて昼食から帰ってきたら、カラスに全部食べられるなど、試行錯誤しながら現在、60名の農家さんと契約栽培、自社農園で落花生の栽培を行っております。
福島県会津地方は、米の栽培が盛んな地域ではありますが、年々コメの値段が下がり、農家さんも高齢で減り続けています。
このままだと、会津から田んぼ畑が減り、荒れ地が増えていく恐れがある中、農家さんの収入を増やすを目標に、落花生の契約栽培を増やしています。
なぜ、福島県会津で落花生?
①昭和40年代に福島県会津地方は落花生の産地だった。
当時、米の減反政策で落花生の栽培がおこなわれており、栽培面積が80ヘクタールだった。
すべて他県の工場に出荷し、会津産としては販売されていなかった。
中国との国交正常化で、安価の落花生が入ってきて、価格が下がり栽培されなくなった。
②節分に落花生‼
大面積を栽培していたころに、節分に落花生をまく文化が根付いた。
①が現在も続いていれば、もしかしたら他県をしのぐ産地だったかも
②文化を継承していきたい。
また、殻むきの作業は、障がい者施設で働く方々(15施設、約200名)に手むきで作業していただいており、冬の雪深い期間の仕事として喜んでいただいております。
このファンドで皆様に応援していただき、栽培農家さんと障がい者施設の方々や地域とともに、会津産落花生・ピーナッツをブランドにしていき、節分に落花生の文化を広げていきたいです。
今後とも、ご支援いただければありがたいです。
APJ株式会社