ミャンマーと普通ノ人が世界に想いを馳せたなら ~コーヒープロジェクトパートナーのご紹介~

2022年8月29日
LIPミャンマーMJI貧困削減ファンド2

LIPミャンマー貧困削減ファンド出資者のみなさま、セキュリテ会員のみなさま、

カンボジアはプノンペンからこんにちは、MJI/ワラムの加藤です。
(場所の理由は次のニュースとっておいて・・・)

まずは、販売延期しました【夏限定!リキッドコーヒー】へのたくさんの応援やご興味をよせていただいておりますこと御礼申し上げます。ありがとうございます。
もともと販売期限としていた8月25日を前に、

「このままでは、お部屋が、コーヒーパックで埋まる・・・」

と、思っていたのですが、
セキュリテさまからの「在庫が残っていること伝えて延長されたらどうですか?」という暖かいお声掛けと
プロジェクトパートナーから「もうあと2週間だったら配送対応延ばせますよ」という暖かい抱擁と
そして、いつもいただくミャンマー自由ノ農園コーヒーご購入にさいしていただく応援メッセージに励まされ、
9月3日まで延長をいただける運びとなりました。

日本では、暦の上でも気温もすっかり秋めいておりますが、今しばらく【夏限定!】にお付き合いを頂けますと幸いです。


本日は、このプロジェクトをいつも一緒にささえてくれているプロジェクトパートナー、もうひとりの女性社会起業家をご紹介させていただきます。
株式会社SOCO 代表取締役 上野 操子(MISAKO UENO)

わたくしも、パートナーのみさこちゃんもおそらく、いわゆる「普通の人」です。
特別ななにかがあったから起業したのでも、世界につながるような仕事をしているのでもありません。
そんな普通なわたくしたちが、どんな風に思いを馳せて、自分の殻をブチ割って、世界が良くなることを想って、もがいて、生きているのか?
全くバックボーンの違うふたりがどんなことに共鳴して、ミャンマー自由ノ農園コーヒーをつくっているのか?
ぜひ知って頂けると嬉しいです。
 


自己紹介
株式会社SOCO(ソコ)の上野と申します。
生まれは京都市。就職を機に東京都へ。
現在は、自然が恋しくなり群馬県高崎市に移住し、群馬、東京、京都をいったりきたりしている日々です(誤解されることが多いのですが、高崎市はそこそこ都会です!)。
<趣味>
登山、キャンプ、バイク(スズキ・ボルティーに乗ってましたが、エンジンがかからず泣く泣く手放し、最近はBMW G 310Rを狙っております)
<経歴>
2012年:カナダ留学
2015年3月:大学卒業&就職
2018年7月:個人事業主として独立
2019年8月:ミャンマーでゆうこさんと出会う
2019年12月:法人設立

MJI加藤さん(以下、ゆうこさん)とは2019年8月にミャンマーで出会い、今回、ミャンマー自由ノ農園コーヒープロジェクトを一緒に運営しています。
私から、このプロジェクトへの参画にあたっての思いをお話しさせていただきます。
本題を語るまえに、少しだけ時間を遡ってミャンマーと出会う前の話から、起業、ミャンマー自由ノ農園コーヒーと繋がるまでをお話させてください。

画一的な社会への疑問
小さい頃から自然が好きだったこともあり、「日本の豊かな自然を守りたい」という思いで大学では森林を専攻(農学部森林科学科)。大学3回生になる直前、「海外に行ってみたい」という単純な思いでカナダに留学しました。
異国の地での生活は言葉の違いはもとより、文化や価値観の違いに圧倒され、刺激的な日々を過ごしました。
特に衝撃的だったのはカナダで出会った友人の生き方。
夢を実現すべく「今、高校を卒業して働いている、お金が貯まったら大学に進学予定だよ」、と目をキラキラさせながら話してくれました。
当時の私は、高校→大学→就職という選択肢が当たり前と思っていたため、「こんな生き方があるんだ」、「もっと自由に自分の人生を選択したらいいんだ」と考えるきっかけになりました。
この頃から自由な生き方に憧れを持つようになりました。


▲Canada Day(建国記念日)に行われるプライド・パレード、表現力が豊かだなと感じた瞬間

海の向こうを見たい
帰国後は、海の向こう側の文化や価値観を感じ、日本との違いをもっと見てみたいという思いが膨らみ、いろんな国を訪れました。
夏休みに遊びにいったタイとラオスでは、物乞いをしている幼い子供たちを多く見かけ、カナダとはまた違った感情がこみ上げてきました。
日本は、義務教育があるため初等教育純就学率は100%。一方で世界には6,700万人(UNESCO「EFA Global Monitoring Report(2011))もの未就学児童が存在します。識字さえままならないことで仕事に必要な能力を身につけることができず、仕事を選ぶことができません。収入が安定した仕事を希望しても就職できず、やりたいことを実現することも夢を持つことさえも困難な状況です。
今まで自分の知らなかった世界を目の当たりにして、私は「日本に生まれてラッキーだった」と感じました。
前段では「日本の画一的な社会に疑問を感じた」とお話しましたが、自由に夢をもちチャレンジできる環境が日本にはあり、恵まれている国だと思います。例えば、海外に行ってみたい、学びたい、など自由に考えられること、そしてその思いを実現することは可能ですよね。実現できない場合でも最低限挑戦はできると思います。
自分の未来を自由に考え、チャレンジできる世界がもっと広がったらいいのに。私はこれこそが「ワクワクする世界」だと考えています。
そんな思いから私の頭には「海外支援」というキーワードが思い浮かぶようになりました。

仕事が生きがいと感じた日々もあった
大学卒業後は、第一志望の民間企業に就職し、リモートセンシング技術を用いて空から森林資源量(どこにどの樹種がどれくらい存在するのか)を推定し、どのように森林を管理していくべきかをコンサルティングしていました。
繁忙期には寝る暇を惜しみ、プライベートは二の次の日々。それでも仕事が嫌と思ったことはなく、やりがいを感じていました。
しかし身体は正直ですね、仕事そのものに対してやりがいを感じていたものの、寝ても寝ても眠気が生じる過眠症を患い、入社して3年ほどで退職。
激務であったことが退職のきっかけでしたが、同じ時間に出社して、一つの組織にしか属すことができず、仕事orプライベートという選択肢に疑問を感じ始めていました。
(今ではすっかり元気です!)

ミャンマーってどこ?
会社員を辞めて個人事業主として活動していた頃、「海外支援」をしたいという想いがあるものの、具体的に何をしたいのか、何をすべきなのか、答えが見つからない日々を過ごしていました。
そんな中、当時(今も)お世話になっていた方が、「ミャンマーに知り合いがいるから繋いであげるよ。とりあえず現地を見ておいで!」と言って、私を送り込んでくれました。

▲ミャンマーは東南アジアのインドシナ半島西部に位置します

お話をいただいた時は、そもそもミャンマーがどこに位置するの?という状態。ミャンマーについて全く何も知識がありませんでしたが、「こんなチャンスは二度とこない」と思い、答えは二つ返事でYES。この話をいただいてから1ヶ月後、私はミャンマーにいました

滞在期間は2週間、場所は最大経済都市ヤンゴン。FORVAL MYANMAR CO.,LTDという会社でインターンとして働きながら、現地スタッフからは、仕事はもちろん、生活スタイルや学校、就職のことなど日本では知ることが出来ないローカルな情報を教えてもらいました。
また代表取締役の松村さんには、経営者や起業家、日本やミャンマーで活躍されているビジネスパーソンの方々とお話をする機会を与えてくださり、「海外支援をしたい」というもやもやとした気持ちをたくさんの方に聞いていただきました。
ここに来たのは「海外支援」をしたいという想いと、その道への道標を探すため。
とはいえ、すぐに答えが見つかるはずはありません。
限られた時間のなかで「答えを見つけなくては」と焦っていた2週間の終わりごろ、ゆうこさんに出会いました。

パコックってどこ?
「3日後にパコックにある村に行く予定があるから一緒に行って現場を見てみる?」
なんと出会ったその日に、出張に同行させていただくことが決まりました。
経営者のスピード感と懐の大きさに感激。ご厚意に甘えて一緒に訪問することにはなりしましたが、やはりマグウェイ管区もパコックという街もどこに位置するの?状態。
情報少ないまま、ローカルの人でいっぱいのバスに揺られて知らない街へと向かいました。

▲ヤンゴンからバスで約5時間ほど北上、ミャンマーのほぼ中心地

到着してまず思ったことは「信号が使われていないとは何事!!」
そこには電気がついていない信号機がありました。
おかげで交差点は無法地帯。かと思えば、交通事故がおこることもなく、難なく車とバイクが行き来しているのです。なんとも面白い光景でした。

信号機だけではありません。
日本で当たり前と思っていた景色(舗装された道路、夜の街頭、24時間営業しているコンビニ)がそこにはなく、デコボコで水たまりがそこら中にある道路。夜は街灯一つなく真っ暗。
これは、私がイメージしていた途上国のイメージに近しいものでもありました。
かといって「貧しそう」とか「辛そう」という感情は一切なく、むしろ感じたのは「幸せそう」という感情でした。

オートバイで道を行き来する人々、ホテルやレストランで接客してくれる現地の方々、共通していえることは、みんな笑顔であるということ。
私が「幸せそう」と感じたのは、彼ら彼女らの表情が豊かだったからかもしれません

幸せになるためにはモノが必要なのか
かつての私は、貧しい国には物を与えれば幸せになれるんだろうと考えていました。
どうやったら海外支援ができるか、浮かんでくるアイデアは何かモノを与えることばかり。
例えば、ミャンマーに行くまでは、電気のない村にソーラー等を届けることで、幸せになる人が増えるかもしれない。そんな浅はかな考えをしていました。

パコックに到着した翌日、MJIが地元の人にお金を融資をする日でした。
支店に人が集まり、ビルマ語で何か説明が行われたあと一人ずつお金を受け取っていきます。
私は、ビルマ語を話すことも聞くこともできないため、その場の状況を細かに理解することは困難でしたが、お金を手にしたときの人びとが「夢に向かって一歩踏み出せる」とでも言わんばかりのキラキラした表情だった、ということは間違いなく感じ取ることができました

挑戦への後押し
融資を受けた人が手にしたものは挑戦への第一歩。
MJIはモノを与えるのではなく、彼ら彼女らの人生をより豊かにするためのお手伝いをしていました。
モノを与えるという行為は、その瞬間は誰かを幸せにすることができるかもしれないが、その人の人生を大きく変えることは難しいし、人を幸せにしたいと考えるのであれば、点で考えるのではなく、線(継続性のあるもの)で考えなければならない。
人生が変わるかもしれない貴重な瞬間に立ち会わせていただき、新たな発見と気づきを得ました。

こうして2週間という短くも刺激的なミャンマーの滞在を終え、日本に帰国しました。
そして、2019年12月に起業。東京から群馬への引っ越し。
私自身も、自分の人生を、一歩踏み出しました。

ミャンマー自由ノ農園コーヒー
起業してから1年少し経ち、このプロジェクトは「HAPPY EARTH FESTA2021」というSDGsウィークを盛り上げる、沖縄で開催されたイベントでキックオフを迎えました。

▲イベント会場にて、左:SOCO代表上野、右:MJI代表加藤

現在は、セキュリテストアでの販売を中心に日本でのプロジェクト運営を行っています。
また、プロジェクト運営と共に、コーヒーがみなさまのお手元に届くまでのストーリーStoryを地図の上でをベースにお楽しみいただける「ストーリーマップ」コンテンツ(UX Design Map)を制作させていただいています。
ミャンマー自由ノ農園コーヒー ストーリーマップ

今後も、多くのミャンマーの方、世界中の挑戦する機会を待つ方々に、そのきっかけを届ける企業、人間であれるよう、技術をよりよく使って社会につながっていきたいと思っています。

これが私と起業、そしてミャンマー自由ノ農園コーヒーとのストーリーです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。



書いてくださった みさこちゃん、最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。
こんな、想いのある人達と、ミャンマー自由ノ農園コーヒーは作られています。
そして、みなさまの応援によって、この農園は広がっていきます。

農園から届けられるコーヒー、そしてストーリーをこれからもお楽しみいただけるように活動して参ります。
今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。


MJI Enterprise Co., Ltd. / ワラム株式会社
スタッフ一同
​そして
自由ノ農園コーヒー
加藤侑子・上野操子


ファンド情報

LIPミャンマーMJI貧困削減ファンド2
ワラム株式会社
会計期間
2020年7月15日 ~ 2025年7月14日
一口
32,400
償還率
運用中
参加人数
258
調達実績
22,950,000
【ご留意事項】
当社が取り扱うファンドには、所定の取扱手数料(別途金融機関へのお振込手数料が必要となる場合があります。)がかかるほか、出資金の元本が割れる等のリスクがあります。
取扱手数料及びリスクはファンドによって異なりますので、詳細は各ファンドの匿名組合契約説明書をご確認ください。
ミュージックセキュリティーズ株式会社 第二種金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第1791号 加入協会:一般社団法人第二種金融商品取引業協会
Copyright (C) 2025 Music Securities,Inc. All Rights Reserved.