「インパクト投資」を考える
先日、セキュリテで2009年に募集したファンドが10年間の時を経て償還した。株式会社トビムシの「西粟倉村共有の森ファンド」だ。10年間のファンドというのは、当時も今も変わらず、事業者さんにとっても、投資家にとっても、当社のような運営会社にとっても、いろいろな意味で一大事だ。
ただ、実を言うと私自身は、このファンドのことを、ミュージックセキュリティーズに転職する前に、第三者的な立場で知った。 「先人たちの思いをつなぐ『百年の森林構想』を、個人が小口で10年間のファンドで支えることができる」というセミナーでの竹本社長の話に、ただ純粋にとても感動したのを今でもはっきり覚えている。そして、その感動は、当時は途上国のマイクロファイナンスのことしか関心の無かった私が、こういうファンドを扱う会社であるミュージックセキュリティーズに転職を決める大きな理由の一つにもなった。なので、私はこのファンドに対して思い入れがある。
しかしながら、どうせ分かることでもあるし、公開もしているので、償還結果をお伝えすると、残念ながらこのファンドは、出資金額を超える分配ができなかった。つまり、元本割れのファンドとなってしまった。
<償還率>
「西粟倉村共有の森ファンド2009」(2009年4月募集)の償還率:77.81%
「西粟倉村共有の森ファンド2010」(2010年6月募集)の償還率:66.16%
※償還率は出資金額に対する分配金額の割合。
この事実は受け止めるしかない。だが、その上で、では、事業自体はどうだったのか。分配金という投資家への金銭的リターンとは別に、このファンドによって実現しようとしていたことはどうなったのか。その答えを探しに、先日、西粟倉村まで行ってきた。
そして、その答えを動画にまとめたので、ぜひ見てほしい。特に投資家の方には、皆さんの投資のその先で、この10年間にとても大きな価値が生まれていたことを知ってもらえたらと思う。
トビムシと投資家がもたらした価値
すぐに動画を見られない人のために、その答えを端的に示す言葉を下に紹介しておきたい。「西粟倉村共有の森ファンド2009」を募集した当時はこのファンドの営業者である株式会社トビムシの取締役で、今は株式会社西粟倉・森の学校の代表を務める牧大介さんが話してくれた言葉だ。
「10年間でこの西粟倉村で34社新しくローカルベンチャーが生まれ、そこで200人近い雇用が新しく生まれて、売り上げの合計としては15億円ぐらいまで村の経済も成長してきた。
この西粟倉村の経済は(略)森を起点に成長することができたことは間違いなくて、森を起点にして経済が成長していくっていうのは良質な人の繋がりが沢山ここに蓄えられて、応援してくださる方がいて、いいお客様になってくださって、社員になってくれる人たちもいてって中で経済ってのはできてますから、本当にファンドメンバーの方々が起点になって、お金を出していただいただけではなくって、色んな大事な人の繋がりが集積していったこの10年だったと思います。」(9’28~)
セキュリテでは、数年前から「インパクト投資」のプラットフォームであることを掲げている。「西粟倉村共有の森ファンド」を募集した頃には、インパクト投資という言葉は使わず、経済的なリターンと「コミュニティリターン」の両方を重視する投資だと説明していたが、当時も今も意図するところは変わらない。
今回、現地に行き、「百年の森林構想」を取り巻く大きなエコシステムの中で、ファンドが寄与したのは西粟倉村の成長のごく一部であったとしても、トビムシのファンドを通じた取り組みは、地域に少なからぬインパクトをもたらしたのだということが、私には実感できた。この動画を通じて、私が見て、聞いてきたことを投資家の皆さんに共有できればと思う。
絶えず挑戦を続けること
上述の株式会社西粟倉・森の学校は、トビムシや西粟倉村、村民が出資してつくった会社で、トビムシが進めていた「共有の森事業」を支える事業の一つだが、2010年には「ユカハリファンド」を募集した。これについては、牧さんはこう振り返っている。
「創業から赤字の会社に銀行もお金を貸してくれない中で、ユカハリファンドで応援していただいた方々のお陰で倒産をせずにすみ、売り上げが伸びて黒字転換に向かっていく中で増資もできて債務超過も解消していって今も安定した経営ができているし、(略)10年間潰れずに済んだし、今も成長できている。その一番苦しい時に沢山の方に応援していただいた支えていただいたのがユカハリファンドでした。」(5’49~)
また、トビムシが進めていた事業の中に、間伐材を使った割り箸の製造・販売を行う事業があり、実はユカハリファンドより前に、関連会社のワリバシカンパニー株式会社が「ワリバシファンド」を募集したこともあった。
結果的に、ユカハリファンドはプラス償還し、ワリバシファンドはマイナス償還した。
<償還率>
「ワリバシファンド」(2010年9月募集)の償還率:87.95%
「ユカハリファンド」(2012年9月募集)の償還率:122.24%
西粟倉村の「百年の森林構想」を支えるトビムシの「共有の森事業」において、2009年からのわずか3年の間に、3つの異なる営業者がそれぞれ違う事業にチャレンジし、4つのファンドを募集した。こういう言い方は不適切かもしれないが、償還結果を見れば、投資家にとっては、4ファンド中、1勝3敗で負け越しだ。
しかし朗報は、ここで試合が終わったわけではないということだ。西粟倉村での10年は、まだたったの10年だ。ようやく種まきが終わり、これから芽が出て育つ段階だ。事業をあきらめず、続けていく限り、負けは確定ではなく、挽回できる。もしかしたら、後から振り返れば、それは97勝3敗の最初の3敗に過ぎなかったと言える日がくるかもしれない。
前人未到のチャレンジにはリスクはつきものだ。セキュリテのインパクト投資にもリスクは伴う。元本が割れることもままある。審査では「リスクが高い」というそれだけの理由で、審査を中止することはない。それは同じリスクの高さでも、リスクの性質によって、セキュリテとして許容できるものと、できないものがあり、また、投資家個々人によっても、その線引きは異なるからだ。
「自分が直接事業をすることではできないけど、自分に代わって、この事業者さんにチャレンジしてほしい」と思わせる事業が世の中にはあること、そういう事業に対して、人は時に元本が割れるリスクに関わらず、投資で応援しようとすることが、これまでの経験の中で分かっている。
そうした時に、プラットフォームの役割として大切なことは、投資家がそのリスクを自分で負ってもいいリスクかどうかを自分で判断できるだけの情報をしっかりと開示できるかどうかということだろう。そして、事業者にとっては、リスクを承知でも、それでも投資をしたいという個人を事業の仲間として集められることが、プラットフォームの魅力になってくる。
と、ここまで書いて、昔の牧さんへのインタビュー記事を思い出した。
「成功には、リスクを承知で応援してくださる方々が不可欠 森の学校 牧代表 インタビュー(2012年9月14日)」
長くなったが、トビムシや西粟倉・森の学校には、まだまだこれからも果敢に挑んでいってほしい。そして、私たちは「リスクを承知で投資をしてくれる仲間」を集めるお手伝いを、投資家にきちんと金銭的にもプラスのリターンを出せる時まで続けていきたい。そのためには、プラットフォーム自身に高いレベルの信用が求められるということも肝に銘じたい。募集時から償還時まで、審査からモニタリング・監査・IRまで、私たち自身も、事業者と投資家の皆さまの期待と信頼に応えられるよう、理想のインパクト投資プラットフォームの実現のためのチャレンジを続けていきたい。
西粟倉アプリ村民票
最後に、取材にご協力頂いた、ファンドの出資者でもあり、現在、西粟倉・森の学校の事業部長でもある坂田さんからのリクエストにお応えして紹介するのが、「西粟倉アプリ村民票」だ。登録すると、村の情報が届いたり、西粟倉のイベント等でIDとしてもつかえる「アプリ村民票」が発行される。私も既にアプリ村民だ。皆さんも是非どうぞ!
▶「西粟倉アプリ村民票」の詳細はこちら
(ミュージックセキュリティーズ・杉山)
<動画制作>
企画・撮影・編集:杉本
ナレーション:加藤
インタビュー:杉山
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